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歴 史

川之江城
古くから海陸交流の重要な拠点として、また、文化・経済の交流点として繁栄してきた川之江。そこには、歴史に息吹く伝統と文化の香りが漂っています。

「かわのえ」の歴史は、その恵まれた立地条件からはじまります。 伊予の国府に通じる太政官道の大岡駅が設置され、この分岐点に土佐街道、阿波路が開通。瀬戸内の海運と相まって、海陸交通の重要な拠点として人馬の往来が繁しさを加えました。

1987年、諸国行脚の僧恵心が「鷲尾山恵心院仏法寺」を建立。1337年は伊予の大領河野通政がその武将土肥義昌に命じ、この寺院を取り入れた「仏殿城」を築きました。その後、幾度となく侵略・支配が繰り返されてきましたが、延宝5年、時の江戸幕府がこの地を重要視し、「代官所」を設置、直轄領とし、中央との経済文化の交流がいよいよ頻繁となりました。

明治維新以降は、廃藩置県、郡区町村編成法施行などにより、幾多の変遷を経て、1954年(昭和29年)11月、6ヶ町村が大同合併し、「川之江市」が誕生しました。この間、恵まれた立地条件をもとに主要産業である製紙を中心に紙加工業、機械工業なども躍進し、近代的商工都市 として繁栄の道を辿っています。

尾藤二州像


先人達
尾藤二洲

延享四年十月八日川之江において父鉄二郎、母西山氏の長男として生まれる。本名は孝肇、通称は良佐。二洲はその号である。五歳のときに足をいため、一生不自由な生活をしのぶ。村の儒医宇田川楊軒のもとで学を修め、二十四歳の時大阪へ遊学。そこで片山北海について学び、朱子学の正学たるを述べた「素餐録」を執筆。柴野栗山、古賀精里とともに「寛政の三博士」として知られ、近藤篤山、長野豊山は、二洲の門人である。文化十年十二月四日、六十七歳没。城山公園内には二洲記念碑が建立されている。

薦田篤平

製紙産業功労者。文政六年四月四日上分村徳兵衛の長男として生まれる。慶応二年、楮、三椏を利用して良質の紙を作ることに着目。川之江地方で手漉和紙の先駆者となる。その後、改良を重ね、製品の良質化生産性の向上につとめ、宇摩紙の開拓者となった。明治三年六月九日、七十五歳没。同年七月、孫盤次郎が篤平と改名し、製紙産業の興隆につとめた。

篠原朔太郎

慶応元年九月二十二日、川之江町井地、貞吉の長男として生まれる。家は代々製紙業を営み、製紙に対して研究熱心で、博覧会などにはかならず出品。さらには先進各地を視察して研究を重ね、明治三十六年、アメリカのセントルイス万国博覧会で金メダルを獲得する。その後、機械動力による叩解機、廃蒸気利用による蒸気乾燥機を発明。明治四十二年には、廻転式蒸煮釜の考案に成功して紙業界に一大変革をもたらし、紙業発展に尽くした。昭和二十七年三月二十七日、八十八歳没、産業文化展示館前には同氏の銅像がある。


年 表
西暦 年号 できごと
741
天平13年 僧行基が勅による越智郡国分寺建立の途中、川之江に立ち寄り草庵を結ぶ。
987
寛和3年 僧恵心が諸国行脚の際、鷲尾山(現・城山)の頂きに「鷲尾山恵心院仏法 寺」を建立。
1337
延元2年3月 伊予の大領・河野通政がその武将・土肥義昌に命じ、川之江に城郭を構築させ「仏殿城」と名づける。
1342
興国3年5月 足利氏の、武将・細川頼春が仏殿城を攻略。頼春が伊予を引き揚げて後、再び河野氏の支配となる。
1364
正平19年9月 細川頼之が河野氏を討伐し、再び細川氏の所領となる。しかし、将軍・義詮が没したため頼之が執事として上京。その後河野道直が仏殿城を奪回する。
1379
天授5年11月 天授5年11月細川頼之が伊予国に攻め入り、仏殿城は細川氏の支配となる。
1572
元亀3年9月 阿波の武将・三好将監が仏殿城を攻略するが敗退。
1575
天正3年11月 河野氏の家臣・川上但馬守が、城主・妻鳥氏を討ち、川之江城主となる。
1582
天正10年6月 金川轟城主・大西備中守が仏殿城を攻略。
1584
天正12年 長曾我部元親が大西備中守を亡ぼし、川之江を支配。
1587
天正15年 越智郡国分城主・福島正則の所領となる。
1600
慶長5年9月 温泉郡松前城主・加藤嘉明の統治下となる。
1636
寛永13年5月 一柳直重の西条領に属する。
1642
寛永19年 川之江のほか16カ町村が再び幕府直轄領となる。
1643
寛永20年 松山城主・久松氏の菅轄に移る。
1677
延宝5年 川之江のほか16カ町村が再び幕府直轄領となり、川之江に代官所が設置される。
1868
明治元年3月 川之江は、土佐藩主・山内氏の預かりとなる。
1871
明治4年1月 廃藩置県により、備中倉敷県に属す。その後5月に丸亀県、11月には松山県に属する。
1873
明治6年2月 愛媛県となる。
1954
昭和29年3月 川之江町と二名村が合併
昭和29年11月 川之江町、金生町、上分町、妻鳥村、金田村、川滝村の合併により川之江市が誕生する。
昭和29年12月 第1回市長選挙執行。初代市長に真鍋安次当選。第1回市議会議員選挙執行。32名新議員当選。
1955
昭和30年4月 市制実施祝賀記念行事施行
川之江市広報委員会発足
1956
昭和31年4月 地方財政再建団体の指定を受ける
1957
昭和32年7月 川之江市庁舎、現在地に完成 川之江市章を制定
1958
昭和33年12月 星川凰一市長就任
1959
昭和34年8月 金生町山田井へ塵芥焼却場建設、運転開始
昭和34年11月 国民健康保険事業を市全域に拡充
1961
昭和36年4月 川之江市消防本部および消防署の設置
1962
昭和37年3月 市庁舎に隣接して市消防庁舎が完成
昭和37年12月 川崎喜三郎市長就任
1963
昭和38年3月 地方財政再建団体措置を脱する
1964
昭和39年1月 新産業都市に指定される
昭和39年4月 中学校統合(名目)により、南および北中学校を設置
昭和39年11月 市制10周年記念行事を挙行
1965
昭和40年3月 し尿処理場「亀山浄苑」稼働開始
昭和40年9月 交通安全都市宣言
1966
昭和41年4月 南北中学校実質統合
1967
昭和42年4月 市民会館完成
昭和42年7月 塵芥焼却場が山田井三谷へ移動。稼働を開始
昭和42年11月 新川之江港建設工事完成(大型チップ船初入港)
1968
昭和43年4月 銅山川上水道企業団設立(川之江市・伊予三島市の上水道事業を統合)
昭和43年6月 大江臨海土地造成工事竣工(60,000平方メートル)
市民総合グラウンド西新町に完成
昭和43年7月 銅山川工業用水道企業団設立
1969
昭和44年4月 知的障害児入所施設「川之江学園」設立
1970
昭和45年2月 川之江-神戸を結ぶ長距離旅客フェリー就航
昭和45年4月 切山小学校を廃止し、下川小学校に統合
昭和45年6月 真鍋家住宅が国指走文化財(建造物)に指定
1971
昭和46年4月 三島川之江港が重要港湾の指定を受ける
1972
昭和47年4月 川之江小学校と二名小学校が実質統合
昭和47年12月 国道192号境目トンネル開通
1973
昭和48年5月 川之江市立図書館新築オープン
昭和48年8月 宇摩地区広域市町村圏組合設立
昭和48年9月 広域消防本部消防署設置
1974
昭和49年7月 市庁舎改築工事完成
昭和49年10月 市制実施20周年記念式典挙行
昭和49年11月 市民憲章を制定。市花に「菊」、市木に「松」を選定
昭和49年12月 石津榮一市長就任
1975
昭和50年3月 宇摩広域消防本部庁舎完成
昭和50年7月 新宮ダム竣工
1976
昭和51年3月 都市計画街路川之江山田井線開通
昭和51年5月 高速自動車道路の路線発表
1977
昭和52年10月 金田小学校と下川小学校の統合議決(名目統合名称は南小学校)
1978
昭和53年2月 重要港湾三島川之江港(川之江港区)が国際貿易港として開港指定される
昭和53年4月 国道192号バイパス(川之江井地−上分)開通
昭和53年5月 児童館新築オープン
昭和53年9月 ペーパーカーニバル(紙まつり)はじまる
1979
昭和54年3月 市民の森整備事業完了
昭和54年4月 特別養護老人ホーム「川之江荘」開園
昭和54年5月 おやこ図書館オープン
1980
昭和55年1月 宇摩クリーンセンター(ごみ焼却場)操業開始
昭和55年4月 南小学校開校(柴生地区南小学校に校区変更)
昭和55年7月 川之江市民プール(50mプール)オープン
昭和55年8月 堀切トンネル開通(全長1,259m)
1981
昭和56年12月 川之江市文化センター竣工
川之江市防災行政用無線局開局
1982
昭和57年9月 大江1号上屋完成
1983
昭和58年5月 国鉄川之江駅舎改築落成
昭和58年6月 市民プール(スライダープール)完成により、全事業完了
1984
昭和59年4月 字摩広域市町村圏組合特別老人ホーム「豊寿園」開設
昭和59年9月 公共下水道川之江ポンプ場完成
昭和59年11月 市制30周年記念式典挙行
1985
昭和60年2月 大規模山林火災発生
昭和60年3月 四国縦貫自動車道(三島川之江IC−土居lC間・11Km)開通
国道11号川之江−三島バイパスー部開通
1986
昭和61年7月 川之江城完成
昭和61年9月 宇摩地区広域市町村圏組合知的障害者(児)施設「太陽の家」完成
昭和61年12月 非核平和都市宣言
1987
昭和62年12月 四国縦貫・横断自動車道(三島川之江IC−善通寺間)開通
1988
昭和63年3月 城山公園整備事業(櫓門、涼櫓、隅櫓、控塀)完成
昭和63年5月 川之江市産業文化展示館(紙のまち資料館・郷土館併設)開館
1989
平成元年2月 ふるさと創生事業「飼谷池周辺整備事業」着工
平成元年6月 金生川が「ふるさとの川、モデル河川」に指定される
1990
平成2年2月 川之江市民体育館完成
平成2年4月 川滝小学校と葱尾小学校を統合
平成2年11月 栄町パブリックトイレ「オアシス」オープン
平成2年12月 石津隆敏市長就任
1991
平成3年3月 金生橋架け替え工事完成
平成3年5月 市営駅前自転車駐車場オープン
平成3年7月 特別養護老人ホーム「樋谷荘」内に在宅介護支援センターを設置
1992
平成4年1月 四国横断自動車道(川之江−大豊間)開通
平成4年4月 森と潮畔の公園(中央広場)オープン
川之江市隣保館新築落成
平成4年8月 コンピュータ自主導入による住民記録・印鑑システム稼働
四国中央ふれあい大学設立
平成4年10月 市民野球場オープン
平成4年12月 川之江日中友好協議会発足
1993
平成5年3月 都市計画街路中村山田井線開通
平成5年4月 川之江コミユニティセンター開館
南北中学校で給食スタート
平成5年5月 女性市政モニター制度スタート
平成5年6月 人権尊重都市宣言
平成5年7月 川之江市保健センター落成
平成5年11月 天皇・皇后両陛下紙のまち資料館を御視察
川之江市アイ・クリーン稼働
1994
平成6年4月 市役所完全週休二日制実施
(社)川之江シルバー人材センター設立
森と潮畔の公園整備事業完了
平成6年9月 川之江市斎場建設工事着手
平成6年10月 かわのえテニスセンターオープン
平成6年11月 市制40周年
1995
平成7年9月 川之江市斎苑使用開始
平成7年10月 中国・宣州市と友好都市に
1996
平成8年4月 パーク・ゴルフ広場オープン
平成8年7月 森と湖畔の公園 四国を代表するオートキャンプ場に選ばれる
1997
平成9年4月 宇摩クリーンセンターリサイクルプラザ完成
平成9年11月 主要地方道大野原・川之江線開通
1998
平成10年7月 川之江市中心市街地活性化推進協議会発足
1999
平成11年1月 新・郷土館かわのえ高原ふるさと館オープン
平成11年4月 川之江市生きがい研修センターオープン
防災センター・川之江分署開署
平成11年11月 市政45周年
2000
平成12年7月 川之江浜公園前面オープン
川之江市ホームページ開設
2001
平成13年4月 宇摩合併協議会発足
2004 平成17年4月 伊予三島市、宇摩郡土居町・新宮村と合併
四国中央市誕生


観 光
文 化

青字で示されているところは紹介ページを用意しています。



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